013『ぼくのいる街−写真集「銀座と戦争」より−』

1989年/23分/カラー/制作:平和博物館を創る会 映画委員会/
監督:黒木和雄/台詞:飯島耕一/撮影:高間賢治/語り:荻野目慶子
1945年1月の空襲で死んだ少年が、現在の風景の中に現れ、かつての自宅
があった跡、遊び場や小学校、母親とともに命を落とした場所をさまよい
歩く。“昭和”という時代を振り返りつつ、戦争の悲惨さを描く。

黒木和雄【くろき・かずお】
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私の戦争 (岩波ジュニア新書)

私の戦争 (岩波ジュニア新書)

014『チコタン−ぼくのおよめさん−』

(※写真)1971年/12分/カラー/制作:学習研究社
脚本・監督:岡本忠成/作詞:蓬莱泰三/作曲:南安雄
「チコタン〜こどものための合唱組曲〜」歌詞…
http://www9.ocn.ne.jp/~fste/chikotan.htm
音楽と映像の一体化をねらって、バラード形式の子どもの歌が展開。仲良し
の女の子を交通事故で失ったボクの気持ちをうたいあげ、交通安全の問題を
子どもたちの側から追求しようとする。

岡本忠成【おかもと・ただなり】
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岡本忠成作品集

岡本忠成作品集

015『あぶない』

1965年/14分/カラー/制作:岩波映画製作所/企画:三菱銀行
企画:吉原順平・羽田澄子/監督・構成:佐藤圭司/撮影:栗田尚彦
主として幼児を対象に、問題が深刻化している交通禍について、
歩行のルールを平易に描く。

佐藤圭司【さとう・けいじ】
新潟県生まれ。東京学芸大学卒業後、小学校教諭となるが東京大学教育学部に再入学・卒業して岩波映画製作所に入社。主に科学映画・番組を演出。
主な作品:あぶない(1965)ものが燃えるときなにがおこるか(1966)自然の中の化学(1968)ロボットへの道(1969)動きまわる粒-流体と気体の分子-(1970)現代 そして水(1973)見る(1975)しょうゆ誕生(1978)年代を測る(1978)金属-ミクロの世界-(1981)技術に生きる(1986)施工今昔-安全を求めて-(1989)

016『遊び場のない子供たち』

1965年/37分/白黒/制作:桜映画社/監督・撮影:菊池周
脚本:村山正実/音楽:大木正夫/解説:牟田悌三
当時、全国200都市の遊び場の実態調査では、14歳以下の子供1人当り座布
団1枚の面積しか用意されていなかった。そんなとき子供はどんな方法で
遊び続け、大人は子供のために何をしたか。その実態をオムニバス風に綴っ
ている。

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昭和30年代の日本・家族の生活 1 都会の子どもたち [DVD]

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菊地周【きくち・しゅう】
1923年名古屋市生まれ。日活多摩川撮影部を経て1941年陸軍ジャワ宣伝班に参加。1944年日本映画学校撮影科卒業後応召。復員後は広島原爆災害記録班に参加、撮影技師三木茂の創設した三木映画社を経てフリーとなる。以後『基地の子たち』(1953)をはじめ亀井文夫作品で撮影を担当。80年代には有機農法を取材した『根の国』(1981)『みんな生きなければならない』(1983)を自主製作した。2002年逝去。
主な作品:世界は恐怖する(撮影/1957)風土病との闘い(演出・撮影/1962)遊び場のない子どもたち(演出・撮影/1965)盲ろう児-その教育-(撮影/1965)うみねこ亜鉛-臨海共同製錬所の発足-(撮影/1969)先生の見た中国(演出・撮影/1979)根の国(製作・撮影/1981)みんな生きなければならない(製作・撮影/1983)
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桜映画の仕事 1955‐1991

桜映画の仕事 1955‐1991


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http://d.hatena.ne.jp/matsue/20050309
「遊び場のない子供たち」感想↓
http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/20050309
「ぼくのいる街」感想↓
http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/20050310